icon平櫛田中 名人・ 名言集

由来:平櫛田中 名人・ 名言集
平櫛田中  名人・ 名言集
平櫛田中(ひらくし(又は ひらぐし) でんちゅう)
本名:平櫛倬太郎
出身:岡山県
生誕:1872年2月23日
彫刻家
写実的な作風で、高村光雲、荻原碌山、朝倉文夫などと並び近代日本を代表する彫刻家の一人である。ゆかりの地で名誉市民とされているのは、故郷である岡山県井原市(1958年)、広島県福山市(1965年)、晩年を過ごした東京都小平市1972年)。作品を所蔵する施設として井原市立平櫛田中美術館、小平市平櫛田中彫刻美術館がある。
死去:1979年12月30日
107歳で亡くなった[1]時点では男性長寿日本一の人物だった。

代表作は国立劇場のロビーにある『鏡獅子』のほか、『烏有先生(うゆうせんせい)』、小平市平櫛田中彫刻美術館ホールに立つ『転生(てんしょう)』などがある。

このほかで有名な作品である『五浦釣人(いづらちょうじん)』は木彫りでなくブロンズ像で、岡倉天心が活動の拠点とした五浦海岸(現在の茨城県北茨城市)で釣りに出かける姿をイメージしている[10]。五浦の読みは「いづら」であるが、田中自身は音読して「ごほちょうじん」と呼んでいた[要出典]。

JR福山駅南口で待ち合わせなどに使われる『五浦釣人』は同名の木彫像(茨城大学蔵)を制作するための石膏原型より鋳造され、作者本人により寄贈された作品である。明治から昭和戦前期にキャリアをはじめた木彫家の多くが、江戸時代までの直彫りではなく、修正可能な油土で構想を練りながら原型を作り、石膏で型取りして、そこからさらに星取り法(西欧由来で、日本では米原雲海が初めて木彫に応用した技法)で木彫に写すという方法で制作した。そのため、この釣人像はレプリカ(複製)ではなく、作者の選択した制作方法による「作品」である。

東京都台東区の浅草寺の雷門の背面(境内側)には、彫刻家菅原安男による天龍金龍像が設置されている。1978年に松下グループ有志により寄進されたもの。平櫛田中は監修と題額の書を揮毫している。

彫刻刀の切れ味にはこだわっていた。彫刻道具を専門とする彫刻鑿鍛冶にオーダーメイドで製作依頼をしていた。昭和7年頃には名人気質の職人である左村重の作る鑿や小刀も使っていたようだ[13]。戦前より親交があり、後に人間国宝となる宮入行平が彫刻刀を製作したこともあった。

彫刻作品だけでなく名言も多く残しており、「田中語録」と呼ばれる。
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