icon阿南慈子 名人・名言集

由来:阿南慈子 名人・名言集
阿南慈子  名人・名言集
阿南慈子(あなみ・いつこ)
生誕:1954年
31歳で難病の多発性硬化症と診断、車椅子生活となる
33歳で失明し首から下の感覚をすべて無くす
詩やエッセイ、童話などを執筆
引用:shibunkaku co jp
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誰でも生まれてきた尊い価値がある
名人・名言集

★ 白い黒熊と同じように、純白に光り輝く弱く小さな彼ら(身体や知能の不自由な赤ちゃんや病弱な赤ちゃん)もまた、感謝と喜びのうちに、与えられた生命を、神と周りの人からの愛に包まれて、雄々しくまっとうすることができますように・・・

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★ 健常者だけで過ごしていては見落としてしまうかもしれない、深く豊かな人間性をかもしだしてくれる。だから、彼ら(白い黒熊)の存在は、人間が連帯の中にあり、人と人とのつながりが何よりも大切であるということ。そしてそのつながりは、愛そのものであることを忘れないようにと、神様がくださった聖なるしるし、贈り物なのではないだろうか

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★ 弱く小さな赤ちゃんも、健康な周りの人たちが助ければ充分、しかも幸せに生きていくことができる。だから本来人間というものは、人のやさしさやいたわり、思いやりや励まし、つまり愛がなければ生きては行けない存在なのだと、彼ら(白い黒熊)は思い出させてくれる

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★ 障がいを持つお友達との交流を通して、私は多くのことを教えてもらいました。彼らの行動を手助けすることによって、見えてきたものがありました。感じるものがありました。彼らがいてくれたからこそ得られた宝物だと思っています

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★ 幼い頃から障がいをもつ子どもとの触れ合いに慣れていたため、小学生になってから出会った特殊学級の子どもたちとの遊びも抵抗はなく、彼らを軽蔑する子がいると許せませんでした。ただどこかが不自由なだけで、彼らの心は私たちと同じです

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★ 両親も知的障がい者ですので、家事や育児の様子はひどいものでした。父親は働きに出ていましたが、母親はヒステリックなところもあり大変だったようです。私の母が何度も何度も足を運び、掃除やいとこの学校の諸手続きなどの世話をしていました。私の母の愛情がいとこたちの進む道を拓き、職場や彼らに関わる方々の愛情で心が豊かになっているのだと思いました

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★ 私には家族5人とも知的障がい者の親せきがいます。 この家族の両親と次男は無職ですが長男と次女は働いています。私のきょうだいと同じ年代の彼ら。働くといっても健常者と同じ内容の仕事はできませんが、彼らなりに精一杯働いています。その働いたお金で、よしきやかずきにお土産を買ってきてくれることもあります。そういった気持ちが芽生えたのはやはり周りのひとたちの愛情があったからだと思います

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★ 車椅子のことを悪く言わないで下さい……そして何より病気のことを悪く言わないで下さい

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★ 神は存在そのものであり、命そのもの、愛そのもの。

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★だから、人間は皆一人ひとり、その神の愛に応えなければならない。

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★真剣に愛をもって生き抜くことによって。そのことを伝えられたら、私は生まれてきた甲斐がある。

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★生きてきた甲斐がある。病気を受け取った甲斐がある。そして、阿南慈子である甲斐がある・・・・

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★ 神様は、私をこんなにも幸せに生かして下さっている。人の目には価値なき者に見えるかも知れない私でも、神に愛されていることを知っているから、こんなに幸せ。神様が全ての人をどんなに愛し、一人残らず皆の幸せを望んでおられるかを伝えたい

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★ 病気の人はもちろん病気に悩むけれど、病気のことだけを考えているわけではない。健康な人と同じように、いろいろなことを思い、たくさんの夢があり、希望があり、また喜びがある。そのことを知ってほしい

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★ こんな私を見て他の人はどう思うのだろう。ただ可哀そうと思うかもしれない。どう声をかけたらいいのか、分からないかもしれない。たとえ声をかけてもらっても、「ありがとう。がんばるね」と応える私の声は小さくて聞き取れないにちがいない。そんな状態でも、人の心を拒むものは何一つないのだと私は思う

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