icon古関裕而 名人・名言集

由来:古関裕而 名人・名言集
古関裕而  名人・名言集
古関裕而(こせき ゆうじ)
生誕:1909年〈明治42年〉8月11日
出身;福島県
作曲家
妻は声楽家で詩人の古関金子
死去:1989年〈平成元年〉8月18日)
この名言集を投票しました!

(音楽が)好きだからこの道を真っ直ぐ歩いてきた
名人・名言集

★ 作曲総数を掴む事は不可能に近いが、少なく見積もっても五千曲以上

名人・名言集

★ 私の数多い作曲の中で、最も大衆に愛され、自分として快心の作と言えるのが「暁に祈る」である

名人・名言集

★ 私の音楽…何と答えて良いか明快な言葉は見つからない

名人・名言集

★ 新しい音楽が次から次へと浮かんでくる

名人・名言集

★ NHK以外でよく見るのは洋画である

名人・名言集

★ 私は曲を作るたびに完成の喜びを持つとすぐに捨てていた

名人・名言集

★ 私は過去に作曲したものは、一部覚えているものもあるが、どんどん忘れていく…というより捨てている

名人・名言集

★ フランチェスカの鐘は一年くらいかかった

名人・名言集

★ 過去の自作に拠り所を求める事もしなかった

名人・名言集

★ テーマや詩を前にして、その情景を浮かべる。すると音楽がどんどん頭の中に湧いてくる

名人・名言集

★ 私は独自性を常に意識しているのではない。自然にそうなっている

名人・名言集

★ 美しくてキレイで、心の底に沁み渡る音楽、そんな曲を求めて今日まで作曲活動をしてきた

名人・名言集

★ 私は音楽をもって大上段に構えた事はない

名人・名言集

★ 使命感などと、そんなに大それたものは振りかざした事はない

名人・名言集

★ (学生時代)教室の中では目立たない存在だったが、作曲となると夢中になるので、次第にクラスメイトは詩を書いて、私の所に持ってくるようになった

名人・名言集

★ 本格的に音楽活動を始めてからの五十年、ピアノは勿論、一切の楽器を作曲の場で使った事はない

名人・名言集

★ フジテレビの「オールスター家族対抗歌合戦」に審査員長として出演して久しい。萩本欽一君の司会が面白いので楽しく参加している

名人・名言集

★ 「長崎の鐘」を作曲する時、サトウハチローさんの詞の心と共に、これは単に長崎だけでなく、この戦災の受難者全体に通じる歌だと感じ、打ちひしがれた人々の為に再起を願って「なぐさめ」の部分から長調に転じて、力強く歌い上げた

名人・名言集

★ 僕は商業学校出たからね。伯父の銀行を二年ほど手伝ったんだが作曲がやりたくてたまらなかった。その頃、根岸歌劇団、いわゆる金竜館オペラで、沢モリというプリマドンナが来て、それを毎日観に行って鬱憤を晴らしたよ

名人・名言集

★ 家内は豊橋だが名古屋の何とか文化協会といったものを手伝ったりピアノ習ったり、詞を会報に書いたり、まぁ文学少女といったところ

名人・名言集

★ 小学校五年頃に「金の鳥」にのっていた童謡の「黒ん坊の人形」というのを作曲した。銀行に入ってからはハーモニカ合奏団を作って「福島行進曲」など作曲した

名人・名言集

★ 銀行に勤めるようになったものの、私の音楽熱はそれまで以上に高揚していた

名人・名言集

★ 私は民謡や吹奏楽が好きだった

名人・名言集


1