宮崎繁三郎 名人・名言集
宮崎繁三郎(みやざき しげさぶろう)
生誕:明治25年(1892年)1月4日
出身:岐阜県
陸軍軍人。最終階級は陸軍中将
長男は陸軍士官学校出身で元明治大学総長の宮崎繁樹
死去:昭和40年(1965年)8月30日)
参謀、敵中突破で分離した部隊を間違いなく掌握したか?(最後の言葉)
★ ついに長城を突破したぞ
★ わしに任しとけ
★ わしは陸大の戦術がそのまま熱河の戦場で通用するとは思っとらん。わしはわし流にやる
★ 一大決心をもって事に当たるの覚悟が必要である
★ 武力をもって劣弱国を占領して、植民地を開くのは過去の夢と化し、今日においては帰するところは経済政策をもって他に臨むより他ない
★ 俺は勉強は苦手だから、陸軍省や参謀本部の偉方にはなれんが、戦術なら自信がある
★ ついに我が宮崎部隊は、十五師団の応援を仰ぐことなく、要衝サンジャックを攻略できた
★ 砲というもんはやね、当たるもんには当たるが、当たらへんもんには当たらへんのやで
★ ふむ、あれがサンジャックの町か…。敵の砲兵陣地はどこやろうか?
★ 人間、落ち目になりたくねぇなぁ
★ 死んだ人には悪いが、生死はくじ引きだよ
★ 軍司令官は焦り出したな。オレは命令のままにどこへでも行くが、後の師団は大丈夫なのか?
★ 高地奪取は我が師団がコヒマを確保するか、敵に奪回されるかの関ヶ原である
★ おい、スコールがやってくる頃だぞ、各隊用心せよ
★ 一兵残らず攻撃準備を徹底させよ。充分準備したら突撃を実施せよ。準備ができたらオレに報告せよ
★ 過ち改むるにははばかることなかれ
★ 普通の人間なら面子とか責任上とか小節にこだわってダメだと知りつつ、無理矢理に攻撃を続行して、戦力をすっかり無くしてから、人事を尽くしたがどうにもならなかったと申し訳の材料を作るのが関の山だ
★ (ノモンハンの敗戦について)地名の不明、兵力の逐次投入による失敗はガダルカナルでも同じで改善されていない
★ 相沢中佐というキチガイの馬鹿者が永田少尉を殺害した大不祥事件があった。陸軍のため、国家の為、誠に惜しい人を亡くした
★ 最小の犠牲で最大の効果をおさめるのが戦闘の基本である。それには量より質、質よりは和の体制をとらねばならない
★ 全ては部下のおかげだ
★
人気名言ランキング
今月ランキング
- 23票 円谷英二(つぶらや えいじ)<br> 本名:円谷英一...
- 18票 土方歳三(ひじかた としぞう) 生誕:天保6年5月...
- 17票 クロちゃん<br> 本名は黒川 明人(くろかわ あき...
- 15票【世界一IQが高い人】 マリリン・ボス・サバント...
- 14票 貴景勝 光信(たかけいしょう みつのぶ)<br >...
- 12票 ジェシー・ローリストン・リバモア(Jesse Laurist...
- 11票 井上尚弥(いのうえ なおや)<br>生誕:1993年4月1...
- 10票HIKAKIN(ヒカキン)<br> 生誕:1989年4月21日<br> ...
- 9票 立浪和義(たつなみ かずよし)<br > 生誕:19...
- 9票 アン・サリヴァンことジョアンナ(アン)・マンズフ...